子どもを理解するためのアセスメント

保育実践において、子ども一人ひとりについての理解を深めることが重要であることがこれまでも強調されています。しかし、その方法論については、観察や「話しをよく聞」いて、それを達成記録(ある行動や能力が「できた時期」を表として記録するスタイル)や、いわゆるエピソード記録として出来事を文章で記載していくというスタイルが一般的だと思います。

他方、人の生活をサポートし、ケアする専門分野である看護や介護では、ケアをすべき人間の状態をより系統的に把握する手法が、アセスメントという形で研究されています。そもそも、少なくとも看護「過程」や介護「過程」という概念が確立しており、そこでは、アセスメント→看護診断(問題の明確化)→計画立案→看護実践→評価というプロセス・サイクルを踏んでいくということが共通認識になっています。

保育実践の世界でも、昨今、PDCA的発想に言及されることが多くなっていますが、PDCAに決定的に欠けているのは、「アセスメント」の部分であり、ケアすべき人間についての情報を収集して、その情報を構造化して理解するという点です。これは、経営(学)や軍隊運用の中で構築されてきたPDCAというフレームワークを、直接、人間のケアの領域に転用しようとした場合の致命的欠陥だと思っています(保育施設の運営については、PDCAは適用可能だとは思います)。

勿論、保育士養成課程で定める科目・実習において、「子どもの理解」の取得は求められていますが、その具体的内容は「観察」と「記録」とされるに留まり、子どもの過去・現在。未来(予想)についての情報収集とその構造的把握という視点はないように見えます。養成課程「子どもの理解と援助」のテキストで展開されている「記録手法」の紹介も、SOAP型記録に言及しているケースもありますが、概ね「楽しい感動的なストーリー」資料を作成する技巧の羅列に過ぎないというのは、批判的過ぎるでしょうか。

では、看護過程におけるアセスメントという発想を、保育における子ども理解のために活用するには、どうしていけば良いのでしょうか。

 

(病態)関連図とは?~「概念の地図」

一つ参考にすべきではないかと思っているのは、看護過程のアセスメントの学習ツールとなっている「関連図」というツールです。関連図については、このように説明されます。

「看護過程では、理論的枠組みに基づいて情報の分析が行われる。~中略~ この看護過程の学習において重要な活動の一つに関連図の作成がある。関連図とは、受け持ち患者の病気の原因、器質的変化、機能的変化、症状、生活行動の低下などを、矢印を論理的に使って書く「概念の地図」または「概念の網の目」であり、おもにアセスメントで得られた情報から診断を行う際の情報の関連性の理解を支援するツールとして位置づけられる。学習者はアセスメントで得られた情報と診断内容の関連性を図にまとめることで、情報の因果関係を視覚的に把握することが可能になる。また、必要な情報が不足していないか、重要な情報の見落としがないかなどについて確認することができる。現在、ほとんどの大学や専門学校では看護過程の学習場面において関連図を使用しており、その役割は大きいといえる。」(強調は引用者)

『AKaTool(Associate Kango Tool):看護教育のための関連図作成ツールの提案と評価』

作図方法については、個々の論者によって様々なようなので、特定の様式やフォーマットを例示すると、「これじゃない」感が出てしまいそうです。イメージとしては、プレゼンテーションソフトの作図機能にある「階層構造」のようなものをイメージしていただくのが良いでしょう(下図を参照)。このように、関連性をボックスとノードで表現するという点は概ね共通しており、このような要素=概念の配置から「概念の地図」「概念の網の目」という上記の表現が出てくることになります。

関連図の背景にある考え方

繰り返しになりますが、関連図という(学習)ツールの背景には、「アセスメント」を入り口とする、専門領域としての看護過程という発想があります。看護とは何かということについては、次のように整理されています。

「看護婦(註:原文ママ)の独自の機能は、病人であれ健康人であれ各人が、健康あるいは健康の回復(あるいは平和な死)に資するような行動をするのを援助することである。その人が必要なだけの体力と意思力と知識とをもっていれば、これらの行動は他者の援助を得なくても可能であろう。この援助は、その人ができるだけ早く自立できるようにしむけるやり方で行う。」

 (ヘンダーソン「看護の基本となるもの」日本看護協会 p11)

 

このように、看護については、単に疾病の治療を目指すのではなく、自立をサポートしていくものとされています。それゆえ、疾病ではなく、患者のニーズを満たしていくことが主眼となります。上掲書でも、「基本的看護の構成要素」として、患者のニーズに合わせて14の看護師が取り組むべき援助が掲げられています。その中で14番目が「患者が学習するのを助ける」とあることは、看護が自立サポートであることを象徴していると言えるでしょう。

このため、必要な範囲で患者の例歴や家族環境等も関連図の対象となり、かつ、その患者が置かれている「今」のニーズとその満足のためのサポートとその影響についても、関連図の対象となっていきます。

 

「10の姿」を目指しての発達関連を考える

さて、このような(病態)関連図という発想、ツールを保育に転用する場合に考えなければならないのは、どんなことでしょうか。

看護過程における関連図の実例を見ていただくと分かることですが、関連図が、疾病・症状に基づいて作成され、疾病・症状が図の枢要な位置に配置されます。

となると、看護において関連図が作成できるのは、克服するべき対象としての「疾患・症状」が特定されているからであって、保育とは状況が異なるという指摘がありえると思います。確かに、看護過程のテキストにおける関連図は、症状や疾病をごとに作成されています(例えば、「小児看護過程 第3版」医学書院2017など)

翻って、保育実践では、確かに特定の克服すべき課題という形で、子どもの成長や発達の問題点が簡単に判別できないという点はあるかもしれません。しかし、保育所保育指針には、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」、いわゆる「10の姿」が丁寧に記述されています。また、この「10の姿」を到達先として見据えつつ、どのような保育を進めていくべきかについても、保育のうち教育に関連する側面である「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」の5領域ごとに「保育のねらい及び内容」として、かなり丁寧に書かれています(3歳以上児についてであれば、53項目にも分けられています)。

保育所保育指針解説では、「10の姿」とのこの5領域の関係について、「10の姿」を現出させるための発達や成長が主に依拠する「領域」はあるが、他の4領域に関わる保育過程においても育まれるものであることが強調されています。

となると、保育の内容と「10の姿」が1対多の関係ではなく、多対多の関係となっており、まさに関連図のようなネットワーク構造、網の目構造(「概念の地図」「概念の網の目」)で表現し、理解することが適切ではないかと思われます。

 

まずは、大きな到達地として「10の姿」を設定すれば、これが看護過程における「健康の回復」に相当するものとなり、そこに向けて、保育所保育指針上の「保育のねらい及び内容」の項目に即して、子ども一人ひとりの発達状態、成長状態をいわば「症状」として把握し、それらを関連図の中核におき、子どものその状態に至る過程(上流方向)と子どもの意欲や関心といった今のニーズ(下流方向)へと関連図を上下左右に広げていくということができるのではないでしょうか。

 

このように初期的に作成された、いわばの「その子どもの発達関連図」は、当然、子どもの姿の変容とともに、随時書き換えられて行き、多様性を表現していくことになります。

しかし、看護における関連図もでもそうですが、考慮すべき要素とその関連の仕方のフレームを図示した「ひな形」のようなものが共有されれば、共通言語で子どもの発達過程の多様性について議論したり、検討したりできるようになるでしょう。こういった議論・検討を踏まえて、関連図も保育実践自体を、子ども個々の状態に合わせて、さらに調整、修正していくことになります。

 

構成要素やフレームワークを否定しない

このような関連図を導入しようとすると、テンプレートにはまった保育になるので、子ども一人ひとりに則した保育にならないのではないかという懸念をもたれる方もあると思います。

しかし、「10の姿」という到達先に対し、「保育のねらい及び内容」53項目の要素を組み合わせていくのですから、その組合せの数だけでも相当のテンプレートが発想できます。

また、単に組合せの数が十分に豊富に想定できるから大丈夫だというだけではなく、構成要素とそのつながり方(フレームワーク)に沿って考えるということ自体が大事なのではないでしょうか(繰り返しになりますが、「概念の地図」「概念の網の目」です)。

子ども一人ひとりの個性に着目することは、有限の構成要素の存在やフレームワーク、パターンの存在を否定することではありません。人の多様性は、ある程度の基本的な要素やパターンが、複数のフレームワークに沿って発現していくことで、顕在化するはずのものだからです。生物の遺伝子DNAも4つの塩基配列だけで構成されていますが、その配列が多層的に組み合わさり、かつ空間的・時間的な発現フレームに沿って複数のパターンが発現することにより、多種多様な種に分化しています。

子どもの発達や成長についても、要素とフレームの複雑な組合せを構造的、因果的に把握することが必要で、看護過程における関連図を参考とした発達関連図は、そういった把握に向けた力強い「思考の壁打ち」になると思います。

 

他方、有限の構成要素の関連を構造的、あるいはゲシュタルト的に把握するツールである関連図の作成には、ある程度コストがかかることも確かです。

先に紹介した「AKaTool(Associate Kango Tool):看護教育のための関連図作成ツールの提案と評価」は、看護教育における関連図の作成負担を低下させるためのコンピューティング技術の開発についての論文でした。

同じように、看護過程におけるアセスメントをヒントにした、保育実践に適した「その子どもの発達関連図」の作成支援ツールを研究していければと思っています。